ぼちぼちいこうや

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なんか夜中にふと考えたらとまらなくなった
こんばんは。
夜更かししてます。
夜中にふと考えだしたらとまらなくなったので忘れないうちに書いておこうと思って書いてみました。



なんか、この先どうしよう?とかなんとか言って悩んでる人いるけど、俺はあんまりそういうこと考えない。
というか考えないようにしている。
そんな考えたって意味無いじゃないか。
行動しろよ。
手を動かせ頭を動かせ、って思う。

だって考えたって、所詮なるようにしかならないし、やめるならもっと前にやめてるし。
与えられたことを満足にやってないやつが「俺向いて無いんじゃないか」ってウダウダ言ってるけど、そりゃちゃんとやってないからできないなんてあたりまえじゃないか。

ここまでやってもダメなのかってとこまでやってやめるのと、「あ、俺もう向いてねえや」って言ってすぐやめちゃうのとは大きな違い!
ま、決断力・割り切りの良さともとれるが。
俺はそういう逃げ方はしたくない。
もちろん、おおまかな範囲でこれが向いてる、向いてないとかを決断するのはすぐできないと取り返しのつかないことになるけど。
その辺の決断は流石にすばやくするけどね。というかしないとね。

とことんまで、あるいは自分が満足できるまで物事をやってみて、そこで続けるか、やめるかを決断する。
たとえそこでやめるという選択をしても、そこまでやってきたことがこの先進む道にあまり関係なくても、意味が無いとは思わない。
嫌々ながらやってきたとしても、辛い思いをしてやってきたことだからその経験は後の人生にとってムダにはならないと思う。

それでもすぐあきらめてしまう人は、もうやめちまえよ、どうなっても知らねえよ、自分で決めたことなんだからまあ頑張れよ、と思うわけで。
いや、別に見捨ててるわけじゃないよ。
その勇気はものすごいし、自分で決めたことだから他の誰かがウダウダ言うことでも無いしね。


要は、今どうすればいいか悩んでるなら、とりあえず目の前のことを処理しろよ。
与えられたこともろくにできないで、やめちゃったら、その先することもうまくできないぞ。
そう思うわけです。
偉そうだが・・・。





まぁ、これはあくまで俺の意見なんで、同意しようが反論しようがどうぞご自由に。
どうしようとか悩んでる人にとって考え方のひとつとしてチラッと知って頂ければ、それでいいです。
ってか、俺、なんか偉そうに言ってるね。
知った口ききやがって。
なんだ、よく読むとたいしたこと言ってねえじゃねえか。
キモい。
とか思う人いるでしょうがその辺はご勘弁!





あ、話はそれますが、よく「数学なんて、学校卒業したら使わない」とか言ってる人いますが大間違い。
俺自身数学は昔からそんなに数学が苦手じゃなかったけど、数学が嫌い・苦手って言うのはわかる。

数学ってのは物事をどう考えていくかっていう考え方の手法を学ぶ抽象的な学問だから、つかみどころがないことを勉強してるみたいで苦手意識をもっちゃうんだよなー。

そのコツを感覚的にいったん掴んでしまえば、数学というものが途端に解けるようになって面白くなる。

映画監督の北野武が、「数学できない人が文学とか映画は撮ったらだめ、つくったらだめ」ということをよく言っている。

「ファクタライゼーション、要するに、Xという殺し屋がいる。Xが、Aという人、Bという人、Cという人を殺すときには、映像的には、A×Xというシーンを撮らなければいけない、同じようにB×X、C×Xというシーンを撮らなければいけない。それでXは、A・B・Cとかかわるわけ。因数分解になると、Xという人が拳銃を持って血を流して歩く。ただ歩くだけ。その歩いている中にAの死体、Bの死体、Cの死体をただ映す。そうすると、Xはこういう人を殺したとなるわけよ。細かくいちいち撃つシーンを何回も使わなくてもいい。それは、X(A+B+C)で、だから因数分解になるわけ。2乗とかルートというような、強引にルート的な映像をつくる。そういうのが無感覚になっている人もいるけど、数学的に解釈すると、そういうふうになるというかね。」

まぁ、要は、物事をわかりやすく伝えるために、重複しているところを省いたりして明快にするということかな。
この物事をわかりやすく構築するっていう作業を、人間は頭の中で知らず知らずのうちにやっていると思う。
これがうまくいかないと、相手に自分の言いたいことをうまく伝えられない。逆に、相手が言っていることを自分がうまく理解できない。
そういう事態が起きてくると思う。

そういう物事を考えるという脳の訓練のために、数学は大きく貢献するんだと思う。もしくは、そういうことを普段の生活の中でしているんだってことを数学の勉強と関連付けて再認識することで、よりわかりやすく物事を考えることができる。


自分の考えとしては、数学ってのはある結果を導き出したいときに、二次関数とか因数分解とか虚数っていう道具をどう組み合わせて導き出していくかってことだと思う。
これを実生活にあてはめると、ある問題に対してどういう方法でどういうふうにしてアプローチしていくかっていうことが数学の考え方に似てるんじゃないかなぁって思う。


ん?
わけわからん?
たいしたことないじゃないか?
その辺は悪しからず・・・。
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